この場合は共闘と言うより寧ろただ乗り
クリルタイ解散記念オフ会の三次会にてmacskaさん本家のエントリやMasaoさんの「みんなのもの」に就いてちょこっとだけ話をした。「みんなのもの」と言うのはその通りなんだけど、それは考え方などの成果物に就いてと思っておいた方がよいのかも。つまり、自分たちで弱者男性救済を優先した行動を起こす際に、フェミニズムで為されてる様な問題発見のやり方とかを、その成立基盤を崩さない限り使う分には問題ない(目こぼしして貰える)んじゃないかな、と。ただ、その都度その都度「この『やり方』を"男"が使うのは本当に妥当か?」(例えば「こんな形で文献を引用して大丈夫なのか?」とかになるのかな)は検討し、本当に「成立基盤を崩さない」のか説明できないとまずいのかもなぁ。因みにこの時は、macskaさんはてな別館記事は未読でした。
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