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2006年8月 5日 (土)

まさおん国傍観記

半月程前に、kmizusawa氏の「フェミニズムがわざわざ弱者男性のケアまでする義理はないよ」的エントリとそれに対しての「いやもっと他のマイノリティもケアした方がいい」Masao氏の反応とかその辺りに端を発し、macska氏の所などに続くやりとりがあった。

 一通り眺めての印象は、「ああ、Masaoさんがgarçons接客に遭ってる」だった。Garçons接客と云うのは、ファッションに疎そうな格好でcomme des garçonsと云うブランドの店に行った所、店員に嘲笑され(追い返され)たと云う話から考えた言葉である。金を落としてくれるお客なら一応の対応を採るのが一般的だが、ダメな客に買われてブランドイメージを崩されたくない、そんな連中が来なくったって自分は困らない、そんな場合は門前払いも合理的な選択と言える。もしアレがgarçons接客に類する物なら、Masao氏の反論に対して「アンタにアドバイス受ける程堕ちちゃいない」のような表現がなされたのも理解可能に思える。

 とはいえ、された方は納得行かないだろう。実際、今回の"接客"に対してもMasao氏自身やutsutsu氏がそういった方向での感想を表明していたようだ。 そこに書かれている事もまたわかる気がした。新参者への障壁をこんな態度で狭 めてるんじゃないかなーとも思った。最近になって世間との関わりを「理科離れ対策」や「専門家としてニセ科学に対処」のような形で始めたばかりの私の近所で はちょっと考えられない気の強さだ。

 でも、その一方で、あの"接客"にもちょっと納得する所もある。金貰えるわけじゃないので優しく手引きする義理はないとかfjと云うならしゃーないのかもなぁ、とかいうのは措くとしても。例えばあなたが何かの事柄につ いて打ち込み、それなりの矜持を抱ける程度に知っているとする。そのあなたの前に半知りの人間がやってきて「それはありえないよ」な事を語ってきたら?あ りえなさ度合いにもよるけど、形はどうあれ厭味や嘲笑の一つもぶつけたくなり真面目な回答をしてやる気が失せるのではないか。その程度のありえなさ——科学 方面に言い換えると「進化論も仮説だからID仮説も生物の授業で教えてもいいんじゃ?」レベルの主張——だったのかもなぁと。どこがそんなにありえなさそう だったか、というのは指摘エントリやブックマークがあるのでそちら参照という事で。

そして、今回のやりとりは私に北田暁大氏の「オトコの美学」なる文(小説トリッパー2006春号所収)を思い出させた。特に、前半にあるこの引用部。

瀬地山氏は、自分を「フェミニズムの内側にいる人間」であるとし、それにも関わらず「男性であるということでフェミニズムの中ではマージナルな位置に置か れがち」であることへの違和感を述べるが、しかしフェミニズムにおける男性のマージナリティはむしろフェミニズムの条件であり、それを隠蔽しようとするこ とこそが「ひそかな領有の欲望をもってフェミニズムに接近」(山崎カヲル)するということの意味なのである。フェミニズムに「共感」し「思想を共有」する と言いつつ、しかしその「共有」が実は一方的な「領有」でしかありえないのではないかという吟味を忘却するような態度が、結果的にであれ、男がフェミニズ ムを簒奪することにつながってしまうことに、どれほど警戒してもしすぎることはない。(以下略)(加藤秀一『性現象論』)

冒頭の『瀬地山氏』を『Masao氏』に置換したら、そのままぴったり使えそうではないだろうか。因みにこの「オトコの美学」は、加藤氏が批判する瀬地山氏の"無反省"が本当に無反省なのかといった議論に進み、"当事者性"っぽい話とも絡むので気になる人は読んでみてはどうだろうか。
 また、仮に「男性のマージナリティはむしろフェミニズムの条件」だとしたら、弱者男性にも使えるようにせよという主張は、当に「お話にならない」、フェミ ニズムの要件を無視する、見る人によっては「学問への敬意が見られない」(cf.真剣中年しゃべり場)主張という事になるだろう。とはいえ、 外から興味を持ってやってきたばかりのタコからすれば、それなりに考えれば思い至るかもだけど、言われなきゃ気付かない事のような気もするから難しい なあ。

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» コミットメントを欠く「フェミニズムへの助言」への懐疑 [macska dot org]
最近このブログ及び別ブログにおいて行ってきた一連の「弱者男性論」関連の議論でわたしが Masao さんという人に向けて書いた「あなたに戦略上のアドバイスをもらうほどフェミニズムは落ちぶれていないでしょう」という言葉 ... [続きを読む]

受信: 2006年8月11日 (金) 10:15

» この場合は共闘と言うより寧ろただ乗り [環石館]
クリルタイ解散記念オフ会の三次会にてmacskaさん本家のエントリやMasaoさ [続きを読む]

受信: 2006年8月23日 (水) 17:29

コメント

最初のギャルソンの例でいうと、Masaoさんは、まぁファッショナブルとは言いがたい格好で来店し、出来うる限りのリーズナブルなコ-ディネイトを提案したmacskaさんに「もっと安い服ないのぉ?そんなんじゃ潰れるよ」とのたまった訳ですよね。
現代のフェミニズムは学問の対象となってしまい一般的な敷居が高くなったと言われますが、理解のための努力を完全に放棄した連中に歩み寄るほどの迎合は、さすがに必要ないかと思われます。

投稿 ひよ | 2006年8月14日 (月) 01:03

> Masaoさんは(略)macskaさんに「もっと安い服ないのぉ?そんなんじゃ潰れるよ」とのたまった訳ですよね。
まあそう云う事になるんでしょうかね。ただ、「来店」したのがどちらなのかは若干考えてしまいますが…。

> 理解のための努力を完全に放棄した連中に歩み寄るほどの迎合は、さすがに必要ないかと
 本エントリでも言及しましたが、中高生の理科離れやらで困っちゃってる周りの人等を見ると、そう言えるのは羨ましいなァと感じます(それだけの活動をしてきた故なのでしょう)。
 あと「理解の為の努力を完全に放棄した連中」にMasaoさんを含めるのでしたら、それはちょっと違うんじゃないかなと。

投稿 cyclolith | 2006年8月16日 (水) 20:59

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